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zoom RSS Funny How Love Is

<<   作成日時 : 2008/03/09 00:49   >>

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"愛"は時には人を勇敢にし、時には信じられないくらい臆病にしてしまう。
なぜなら"愛"は神からの最高の"gift"のひとつだからだ。
前曲"The March of the Black Queen"のパートCにおいて、神が天使にその使命について語りかける。
それは"人に愛を届けること"。
そして神はこう締めくくる。
But even till the end of his life, he'll bring a little love
(しかし命尽きるその間際まで、どんなにちっぽけな愛でも人は決して手放そうとはしない)
その"愛"が人間の目にどううつるか、それがこの曲のテーマ。
そう、つまりこの曲は便宜上別曲とはなっているが、実際は"〜 Black Queen"の一部なのだ。

「愛はなんて不思議なんだろう」。
馴染みのある語順だと"How Funny Love Is!"。
いつの頃からか中学英語の必修事項から消えてしまった「感嘆文」の変形。
本来、"How + 形容詞or副詞 + SV!"であるが、強調するためかそれとも語呂を重視してか形容詞の"Funny"が文頭となっている。

このアルバムを聴き始めたのはまだ中坊の頃。
さほどドラマチックな展開もなく、またギターソロもなく淡々と展開してゆくこの曲はひどく退屈に思えた。
そのため、カセットテープにダビングする際にはいつもフェイドアウトだった。
そう、この曲をどのように消化すればいいのか、中学生にはよくわからなかった。
この曲が"The March of the Black Queen"にケリをつけ、事実上「Queen II」を締めくくることの意味が理解できなかったのだ。

前曲を締めくくるコーラスとオーバーラップし、アコギとピアノからスタート。
引き続きピッチはシャープしたままである。
12弦ギターは8分音符をスクエアに、それに対してピアノが奏でるのは"あの"フレーズなのだ。
(下図参照↓)
画像
"The March of the Black Queen"のパートB(シャッフルパート)でチューブラベルが奏でたフレーズがこの曲を先導してゆく。
前曲ではルート音が起点となっていたが、ここではルートの5度上が起点となっているため、かなりポップで軽やかな響きに聞こえる。
3小節目からリズム隊が合流するが、ラストまでドラムは基本的に以下のパターンを繰り返す。
画像
ハットはなしで、スネアは両手。
赤枠部は、スネアに代わりタムも頻繁に登場する。
また、全部で4回、フィルインが入るが、1回目(0'32'')ではスティック同士がヒットする音も聴こえる。
このリズムの上に、キラキラしたスレイ・ベルとバックコーラスがかぶさると、空気は一気にフィル・スペクターかブライアン・ウイルソン。
怒涛のメドレーは、口当たりはいいがどことなく切ない60年代アメリカ風サウンドで締めくくられるのだ。
C                     (F G  C)
Funny how love is everywhere just look and see
(愛はなんて不思議、見渡せばどこにでもある)
C                     (F  G  C)
Funny how love is anywhere you're bound to be
(愛はなんて不思議、あなたがどこに行こうとも必ずそこに)
D                   (G A  D)
Funny how love is every song in every key
(愛はなんて不思議、どの歌をどのキーで歌っても必ずそこに)
D                     (G A  D)
Funny how love is coming home in time for tea
(愛はなんて不思議、お茶の時間に家に帰ると必ずそこに)
Em (AmonE GonE DonE Em)
Funny funny funny oh
(本当に不思議)
F                             (Bb C  F)
Funny how love is the end of the lies when the truth begins
(愛はなんて不思議、嘘が終わり真実が訪れると必ずそこに)
F                                        (Bb C  F)
Tomorrow comes, tomorrow brings, tomorrow brings love in the shape of things
(明日になれば、明日とともにやってくる、いろんなものに形を変えて愛はやってくる)
G
That's what love is that's what love is
(愛とはそういうもの)
以上でワンコーラス。
いたってシンプル。
フレディは珍しく全編ダブルトラック。
行きがかり上、ピアノやコーラスのコード感[(  )に示したコード]も付け加えてはいるが、実際アコギがプレイしているのは各行の冒頭のコードのみ。
しかも、よく見れば分かる通り"C→D→E(m)→F→G"と1音ずつ上昇してゆく。
"A, B"は登場せず再び"C"に戻るのだが、なんとシンプルな構造であろう。

また、アンサンブル的には、リズム隊(含、ブライアン)はストイックに、バックコーラスが彩りを添え、フレディの歌とピアノがその上をのびのびと舞う、というのが基本的な構図・・・だが、やけに動きの目立つヤツが・・・。
そう、ジョン。
画像
それぞれ4小節で完結するフレーズ展開となっているが、赤枠部でベースがフレディのコードプレイをサポートしているため構造が非常に分かりやすくなっている。
また、9小節目で"D"に転調すると、ジョンは一気に動きを増す。
転調を強調するためだと思われるのだが、この青枠部での動きが・・・。
残念ながら転調を逆に不明瞭にしてしまう結果となっているのだ。

Funny how love can break your heart so suddenly
(愛はなんて不思議、突然あなたのハートを粉々にする)
Funny how love came tumbling down with Adam and Eve
(愛はなんて不思議、アダムとイブから生まれおちたもの)
Funny how love is running wild feeling free
(愛はなんて不思議、勝手気ままに好きなことをしていても必ずそこに)
Funny how love is coming home in time for tea
(愛はなんて不思議、お茶の時間に家に帰ると必ずそこに)
Funny funny funny oh
(本当に不思議)
From the earth below to the heavens above
(この地上から遥かなる天国まで)
That's how far and funny is love
(そんなに途轍もなく愛とは不思議なもの)
At any time anywhere
(いつでもどこにでも)
If you gotta make love do it everywhere
(愛を確かめたいのなら、どこでも愛し合えばいいのさ)
That's what love is that's what love is
(愛とはそういうもの)
2コーラス目に入ると、フレディのダブルトラックに若干の乱れが生じる。
その最たるものが赤文字部
レフトチャンネルは歌詞カード通りであるが、ライトチャンネルは"getting home"と歌詞間違い。
されども、それでもOKテイクとなったのは、ある種、遊び心なのかもしれない。
また、2コーラス中間部あたりから、ブライアンのオブリガートがレフトチャンネルから登場する。
(下図参照↓1'25''〜 )
画像
フェイドアウトで音が途切れるまで、このオブリは止まることがない。
前半(約8小節)では、ワウによる丁寧な味付けや、ロングトーンでペダルを踏み込みフィードバックさせるという心地よさもあるのだが、いかんせん1分以上。
コーラスとかぶって聴き取りづらいところも多く(赤枠部)、この部分のフレーズは推測である。
もちろん意図的にメリハリを避けているとしか思えない。
そう、それがこの曲のポイントなのだ。

さあ、そして3番目のバース。
Funny how love is everywhere just look and see
(愛はなんて不思議、見渡せばどこにでもある)
Funny how love is anywhere you're bound to be
(愛はなんて不思議、あなたがどこに行こうとも必ずそこに)
Funny how love is every song in every key
(愛はなんて不思議、どの歌をどのキーで歌っても必ずそこに)
Funny how love is when you gotta hurry because you're late for tea
(愛はなんて不思議、お茶に遅れそうで急いでいる時でも必ずそこに)
Funny funny funny oh
(本当に不思議)
Tommorrow comes tomorrow brings tomorrow brings love in the shape of things
(明日になれば、明日とともにやってくる、いろんなものに形を変えて愛はやってくる)
At any time anywhere
(いつでもどこでも)
If you gotta make love do it everywhere
(愛を確かめたいのなら、どこでも愛し合えばいいのさ)
That's what love is that's what love is
(愛とはそういうもの)
そしてこのバースの終わりとともにフェイドアウト。
イントロの4小節を除くと、単純にバースを3回繰り返すだけ。
コーダ的な展開もなく粛々とフェイドアウト。
Queen作品の中では唯一無二。
しかし、それがこの曲に与えられた役割なのだ。
観客を、虚構の世界から現実に引き戻すエンドロール。
あくまでも、ゆったりとした大きなうねりのなかで"Black Queen"の少し長めのエンドロール、いや、"Ogre Battle"によってスタートする「一大法螺叙事詩」"Queen II Side Black"に幕を引きフェードアウト。

さあ、いよいよアンコール!

次回はいよいよ「Queen II」のラスト。
ブラックサイド6曲目。"Seven Seas of Rhye"。

[2011年9月18日 大幅に加筆&訂正]

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タイトル (本文) ブログ名/日時
The March of the Black Queen
めくるめくように展開するフレディワールド。 ほっと一息かと思いきや、いよいよここからが「Queen II」のハイライト。 そしてある意味、孤高のクリエイター・フレディ・マーキュリーのひとつの頂点であることは間違いない。 ...続きを見る
My Fairy Kingdom
2011/08/20 19:53

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
Funny How Love Is はやはり前後の曲があって繋がりがでてきて成立するという印象が強いです。
単独で聴くには焦点がぼけたような感じですかね。
流れ星
2008/03/09 10:55
流れ星さん、いつもありがとうございます。
たぶん、このアルバムを聴いただれもが抱く印象ではないでしょうか。
いろいろとひねりはありますが、あまりにもあっさりしすぎてますからね。
lifeisreal
2008/03/09 17:25
>中学英語の必修事項から消えてしまった「感嘆文」

本当ですか?
しかし、こんな基本的なことまでカット?
理解不能ですねぇ。
じゃ、付加疑問なんて、言わずもがな?

この曲のドラムって、基本的にマレットじゃないかと思うんですが、
どう思います?
スネアの音が、ぼけすぎているのでそう思うんですけど・・・

あと、この曲、高1で初めて聞きましたが、今でももう一ひねり二ひねりして欲しかったという印象が抜けません(笑)
もし、このままの曲なら、本編を短くし、小曲をメドレーで繋げて完全に組曲にして欲しかった。
らり
2011/09/21 20:36
らりさん、こんばんは。

そう、ゆとり世代なのです。
仰る通り「付加疑問文」も「感嘆文」も中学校で"教えなければならない"項目には含まれていません。(ハズです・・・。)
が、おそらくどの教科書も取り上げてはいるので、ちゃんと習ってはいるはずです。
ご安心ください。

ドラムに関してですが、"マレット"説に賛成です。
フレーズ自体もかなりティンパニを意識していますしね。
これだけ転調するので、実際にティンパニを使うことはかなりめんどくさかったのではないでしょうか。

この曲置かれた特殊な境遇がなければ、本当に超ストレートなポップソングです。
歌詞はこの上なくブリティッシュ。
曲調はアメリカン。
名曲とはならずとも佳曲と言っても過言ではないと思います。
このポジションでなければ、きっととらえられ方も変わっていたのではないでしょうか。
そんな罪滅ぼしの意味もあって後にシングルのB面になったのかもしれませんね。
lifeisreal
2011/09/26 21:51
カリキュラム改正でどうなってしまったのか、
ちゃんと検証して欲しいものですね。

ああ、ティンパニですか。気づかなかったぁ。
オーケストラや吹奏楽のティンパニって、曲の調によってチューニングするんですか?

レコード時代ではなく、CD時代だったらどうなっていたのか、
と考えますね?
当然、Side WhiteとSide Bclakという発想が生まれなかったかもしれませんが、
Side Bclakはもっと壮大になっていたんじゃないかと思ってなりません。
らり
2011/10/02 23:40
らりさん、こんばんは。

"改正"ではなく文字通りの"改悪"です。
きっと、文科省は日本国民総白痴化を目指したのでしょう。
「詰め込み教育が間違っていたと思った瞬間から、モラルと教育の崩壊が始まった」と言った人がありましたが、全くその通りだと思います。

ティンパニと言えば、自分が中・高生だった頃のブラスバンドのティンパニ担当者は、チューニングキーの回す回数で何度音程が変わるかを覚えていて、曲の途中でキーを回してチューニングを変えていました。
しかし現在はペダルを踏み込んだり上げたりすることでキーが変えられるようになっています。
ちゃんと音階も表示されます。
「Live Killers」でロジャーが使っているティンパニ(2台ですかね?)もそのタイプで、叩きながらペダル操作で音程を変えています。
「Queen II」の頃はどうだったのでしょう。
ひょっとしたらマニュアル式が主流だったのかも知れません。

溢れんばかりの才能がほとばしっていた頃の彼らが、70分強のCDというフォーマットを手に入れていたら本当にどうなっていたのでしょう。
それは確かに魅力的な妄想です。
が、個人的にはCD時代になって全般的に作品が冗長になる傾向があると感じていました。
そういう意味では、片面30分弱、またAB面をひっくり返す際にかならずブレイクが生まれるといった"足枷"がある意味、プラスに作用する作品も多かったのではないでしょうか。
その足枷をプラスに転化した"Side White"、"Side Black"は本当に魅力的なマジックです。

でも、1曲あたりの長さが桁違いのYESやRUSHなんかは、レコードの収録時間の短さを恨めしく思っていたことでしょうね。
lifeisreal
2011/10/06 22:16
日本の教育制度については、激しく同意します(笑)
でも、実は、私の学年もカリキュラムが変わったときらしく、
高校受験の時に、過去問をやり、三次方程式にあい、
質問したら、「ああ、これは君たちの時代にはやらないから・・・」
と言われたのを覚えています。
60年代の大学生は、天下国家を語っていたことを考えると、
自分たちも含めてどんどん白痴化が進み、自分の子供を見ていると、
この先どうなることかと思うこともありますねぇ。

ティンパニは曲中にもチューニングですか?
あ、あのペダルはキーのチューニングのためなんですか?
ロジャーが使っていたように「ぼよよ〜ん」とさせるためかと思っていました。
Uとはたった5年しか開いていませんが、ペダルはその頃発明されたんですか?

CD時代の冗長性はその通りですね?
あと、昔ならボツになったであろう曲まで収録されるし。
QueenもJAZZくらいまではAB面の効果を考えたと思われる配置をしていますが、
その後は、そうでもないような気がしますね。
私は、初めて買ったCDがA Kind of Magicなのですが、そこから完全にB面の意識がなくなりました。

プログレ黎明期がCDの時代だったら、どんな音楽状況になったのか、
考えるだけでワクワクしますよ。
でも、Dream Theaterもプログレ系ですが、通常のレコードの片面録音時間の23分を超える曲は数えるほどしかありません。それも、組曲形式なので分割でき、ライブでもパート演奏してますし。
YESはYESSHOWSにてRITUALを2分割してリリースしましたが、その後、
CDでも同じ録音でリリースしたりしてますからねぇ。
らり
2011/10/07 22:45
らりさん、こんばんは。
ゆとりの時代に携帯とパソコン。
残念ながら、モラルや倫理はこの先どこまで行ってもテクノロジーには追いつけそうもありませんね。

CD時代になり、ボーナスと称してボツ作品を入れる悪しき習慣まで生まれましたしね。
ボーナストラックがアルバムが終わらないように(アルバム聴いた後に嫌な印象が残らないように)途中に配置しているものもありましたね。
また、Mr. Bigの「Lean into It」やDizzy Mizz Lizzyの「Rotator」のように、ボーナストラックのクオリティが高くて、なぜボツトラックなのか首をひねってしまう作品もありました。

レコード時代は、片面30分弱というのが絶対だったので、曲はそれに収まることを前提に作られていたのでしょうね。
それと、フェイドアウトという曲の終わり方は、本来は30分弱に収めるための時間短縮が目的だったのではないでしょうか。
そういう足枷がなければ、きっと彼らはとんでもない作品を作ってくれたことでしょうね。

ティンパニが演奏中に音程を変えるのはよくあることです。
ヒットした後にペダル操作で音程を上げたり下げたりすることで、チョーキングやアームダウンのような効果を得ることができます。
調べてみると、"20世紀に入りペダル式のティンパニ―が開発された"という記述を見つけました。
だから「〜II」レコーディング時には当然あったわけですね。
が、諸事情(お金?時間?)によりそこまで要求できなかったということなのではないでしょうか。
lifeisreal
2011/10/08 23:41
>それと、フェイドアウトという曲の終わり方は、本来は30分弱に収めるための時間>短縮が目的だったのではないでしょうか。

おお、考えてもみませんでした。
私は、てっきり、上手く終わらせるフレーズが作れなかったから
繰り返したのだとばかり思ってました。
The Seven Seas of Rhyeしかり、If You Can't Beat Themしかり、
ライブでかっこいい終わり方をしていませんよね?(笑)
らり
2011/10/13 23:21
らりさん、おはようございます。
フェイドアウトの当初の目的は時間短縮でしたが、その後、らりさんの言われる通り「もう、フェイドアウトでええやん」的発想が生まれてきたことも事実でしょうね。
ただ、曲を作る側の立場から言わせていただくと、ほとんどのコンポーザーはちゃんとエンディングまで作るのではないかと思います。

確かに"If You Can't 〜"の終わり方はなし崩し的ですね。
"Seven Seas 〜"は、少々長くなっているものの、"C"でブレイクするところまでほぼレコード通りではないでしょうか。
あの後にロジャーのフィルが入ればより"らしく"なるとは思いますが。
ま、あのヨッパライコーラスは、よしとしようじゃありませんか。
lifeisreal
2011/10/22 08:35
こねくり回して作り込むプログレでさえ、フェイドアウトはあります。
つまり、意図的にFOを利用しているんじゃないかと思います。
その意図の中に、気の利いた、自分たちのプライドに相応しいエンディングができなかったから、というのも含まれるんじゃないか、と(笑)
例えば、YESのSiberian Khatruのライブでのエンディングは、私のような凡夫にとってはまあまあですが、彼らにとっては、芸術作品として残すには納得できなかったのではないか、とも邪推できます。
いかがでしょうか?
らり
2011/10/30 17:50

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